作り手になった瞬間に失う「買い手の視点」を取り戻す方法
胸に手を当てて、静かに考えてみてほしい。
あなたがいま扱っているその商品、あるいはサービス。
もしも自分が、自社の看板も役職も脱ぎ捨てた単なる一人の生活者だったとして。
知り合い価格でもなく、社割でもなく。
本当に「定価」で、自分の財布からお金を出して買いますか?
多くの経営者は「もちろん買うよ。良いものを作っているからね」と答えるかもしれない。
では、もう一歩踏み込んで聞いてみたい。
あなたの友人に、その商品を定価で心から勧められるだろうか。
たとえば、飲食店を始めたとする。
オープン初日に「お祝いだから」と駆けつけてくれた友人。その人は来週も、その次の週も、自分のお金を払って来てくれるだろうか。
お世辞でもなく、付き合いでもなく、義理でもない。
ただの日常のなかで、その人は毎週あなたのレジでお札を差し出してくれるだろうか。
どれだけ立派な理念を掲げていても、少なくとも商売において、「身銭を切る」という行動ほど正直な反応はない。
お金を払うかどうかには、お世辞よりもずっと本音が出るからだ。
もし一瞬でも答えに詰まったなら、商品そのものより先に疑ってみてほしいことがある。
あなたはいつから、「買う側の自分」を忘れてしまったのだろう。
私は、作り手としての事情や思い入れをすべて外し、買い手の立場から「この価格を払う理由が本当にあるか」を検証することを、この記事では「定価テスト」と呼ぶことにする。
このテストが意外と難しいのは、経営者がある錯覚に陥りやすいからだ。
経営者が陥りがちな「役割錯覚」
なぜ、自分の商品になると急に客観的な視点を持てなくなるのか。
商売を始めた瞬間、多くの人が無意識のうちにある種の落とし穴に陥ってしまうからだ。
私は、この状態を「役割錯覚」と呼んでいる。

作り手になった瞬間、自分が買い手でもあることを忘れてしまう錯覚だ。
事業をスタートさせた途端、頭のなかで世界がふたつに分断される。
「私は作る側、提供する側」
「相手は受け取る側、買う側」
この境界線を引いた瞬間、人は買い手としての感覚を失っていく。
昨日まで自分自身が、コンビニの棚の前で数十円の差に迷い、お店の接客ひとつに小さな違和感を覚えていた「極めてシビアな生活者」だったはずなのに、作り手の立場に立った途端、作り手の論理が先立ってしまう。
「これだけ手をかけたのだから、良さが伝わるはずだ」
「この機能を開発するのに、どれだけの苦労があったか」
ものづくりに誇りを持つ真面目な経営者ほど、この罠に足を取られやすい。
だが、顧客が対価を払うのは開発の苦労に対してではない。その商品がもたらす体験そのものに対してだ。
だからこそ、作り手である前に、自分自身が「最初の顧客」であることを忘れてはいけない。
役割錯覚から抜け出すことが、顧客に選ばれる商売を考える出発点になる。
市場調査だけでは見つからないものがある
顧客の目線を取り戻すうえで、市場調査やアンケートは重要だ。
顧客が何に困り、どこに市場があるのかを知るために欠かせない。事実に基づいたリサーチは、思い込みではなく根拠をもって事業を組み立てるうえで大きな武器になる。
ただし、調査にも拾いにくいものがある。
顧客自身が、まだ不満として認識していない違和感だ。
人は、自分がすでに知っているものについては答えられる。しかし、まだ見たこともない商品や、言葉にできていない違和感について正確に答えるのは難しい。
だから、データを見る。
それと同時に、まだ言葉になっていない違和感も見る。
どちらか一方ではない。
「良い商品」は、品質だけでは決まらない
丹精込めて作り込み、客観的な品質を高める。それは商売の前提として素晴らしいことだ。
しかし、「高品質=売れる」とは限らない。
この記事では、ひとつの考え方として、顧客の満足感を次のように捉えてみたい。
顧客の満足感 ≒ 実際の体験 − 事前の期待
どれほど優れた品質であっても、顧客が購入前に抱いていた期待とぴったり同じであれば、感想は「期待通り(普通)」で終わる。
逆に、事前の期待を超えた瞬間に、人は「想像以上に良かった」と感じる。その積み重ねが、再購入やファン化につながっていく。
もちろん、期待値を低く見せればいいという話ではない。顧客が価格やブランドから自然に抱く期待を理解し、その期待を実際の体験で上回るということだ。
「定価で買いますか?」という問いの本質はここにある。
問われているのは「高品質か?」ではない。
「その価格から顧客が想像する期待を、体験が良い意味で超えているか?」
なのだ。
これはBtoCに限らない。BtoBでも全く同じだ。
たとえば、月額10万円の経営支援サービスを契約したとする。
月1回、こちらから依頼した質問に答えてくれるだけなら「まあ、こんなものか」で終わるかもしれない。
しかし、こちらが頼む前に数字の異変を見つけ、
「このままだと3か月後に資金が厳しくなります。今のうちにこの3つを打ちましょう」
と先回りされたらどうだろう。
支払う金額は同じ10万円でも、感じる満足感はまったく違う。
相手が抱く期待を読み解き、それを良い意味で超える先回りができるかどうか。
そこに、価格以上の価値を感じてもらう余地が生まれる。

自分を「一番面倒な客」にしてみる
商品や販売導線を検証するとき、過度なポジティブ思考は禁物だ。
「良いものなのだから、見てもらえれば伝わるはずだ」という思い込みは、客観的な判断を鈍らせてしまう。
ここでも役割錯覚が邪魔をする。
ここで、さらに厳しい現実を考えてみたい。
顧客が商品を買うまでには、大きく4つの関門がある。
- そもそも見ない
- 見ても信じない
- 信じても動かない
- 動こうとしても払わない
商品を愛している経営者ほど、この4つを過小評価する。
だからこそ、自分自身を「世の中で一番面倒で、警戒心の強い客」に仕立て上げて、自社の商品と導線に向き合ってみるのだ。
- 自分なら、この広告を止まって見るか。
- 自分なら、この実績を本当に信用するか。
- 自分なら、この申込フォームを最後まで入力するか。
- 自分なら、この金額を見た瞬間に「高い」と思わないか。
一つでも「いや、自分ならやらないな」と思ったら、そこを直す。
自分が通れない関門を、見ず知らずの他人がわざわざ親切に通ってくれることなど、まず期待できないからだ。
もちろん、自分自身がターゲット顧客ではない商品もあるだろう。
30代の経営者が70代向けの商品を扱っている場合もあれば、経営者自身ではなく現場の経理担当者が使うツールもある。
その場合、「自分自身が個人的に欲しいか」をそのまま基準にする必要はない。
大切なのは、自分の好みを顧客に押しつけることではなく、その顧客の立場まで降り立ち、「この価格を払う理由が本当にあるか」を本気で説明できるかどうかだ。
「定価テスト」で買い手の視点を取り戻す
「定価テスト」は、市場調査を否定するものではない。
作り手としての思い込みや愛着を一度リセットし、買い手の現実と向き合うためのテストなのだ。
商品を作った苦労も、会社への思い入れも、一度横に置く。
そして、作り手ではなく、一人の買い手として商品を眺めてみる。
「これ、本当にこの値段で欲しいか?」

答えに詰まったなら、そこからが商品改善の始まりだ。
作り手の自分では気づかなかったことを、買い手の自分は知っている。
だから、経営者という肩書きを脱いで、ときどき自分の会社に買い物に行ってみてほしい。
そして最後に、もう一度だけ問う。
あなたの商品。
あなたは定価で買いますか?